残雪の沢を歩く 伯耆大山・振子沢遡行

鳥取県西伯郡伯耆町・同大山町

2015年4月18日(土)〜19日(日)  山の会6名(門久が参加)

 

 

 

 

 

 

〈振子沢の上部で暫し休憩〉

 

 

 

残雪バリエーション登山と春山々行トレーニングを目的にして伯耆大山の振子沢を遡行してきた。

文殊堂からユートピア小屋に一泊してのピストンの予定で、重い荷物を背にボッカ訓練でもあった。

天気予報は初日は好天、2日目は雨と決して芳しいものではなかったが、さて如何あいなったでしょうか?

 

【第1日(4月18日(土)】

 

《山行記録》

文殊堂11:30・・・・11:35文殊谷登山口・・・・12:24Uターン・・・・12:39文殊越・・・・13:38鳥越峠14:01・・・・14:26駒鳥小屋14:33・・・・14:57振子沢入口・・・・15:17()15:20・・・・15:56()16:01・・・・17:08振子沢の頭17:17・・・・17:37ユートピア小屋

〔総所要時間:6時間07分、休憩等:0時間47分、正味所要時間:5時間20分、歩行距離:7.5q、累積標高差:+1,293m、-732m〕

 

11:30 文殊堂

  早朝7時過ぎに廿日市を出て、庄原で中国道を下りて日南町経由で登山口となる大山南麓の文殊堂へと車を走らせた。持ち寄った荷物の整理と荷造りをしてから文殊谷に入った。登山口から30分弱登ったところで、文殊谷を真っ直ぐに遡って行くところを、GPSに頼り過ぎてひとつ西側の沢にメンバーを誘導してしまった。暫くして間違いに気付き、尾根筋を辿って文殊越まで下り順路に戻ったが、一部のメンバーは上部からトラバースして鳥越峠を目指すと更に先へと進んで行った。順路とは言え残雪なお多く登山道は見えないので、鳥越峠を目視で方向を定めて広々とした雪原をトラバース気味に渡って行った。鳥越峠への最後の上りがやや西側から薮漕ぎ気味であったので、ちょっときついものがあった。

 

 

〈文殊堂近くの路傍に車を停めて登山支度〉

〈登山口〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈文殊谷を登る〉

 

 

 

 

〈途中で一筋西側の沢に入ってしまった〉

〈尾根伝いに文殊越へと下った〉

 

 

 

〈右手に烏ヶ山を見て鳥越峠へと向かう〉

〈鳥越峠を目視しながら先に進む〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈鳥越峠への最後の上り〉

 

 

 

13:38〜14:01 鳥越峠

  鳥越峠で大休憩を取ってからアイゼンを装着しピッケルを片手に駒鳥小屋への急傾斜面を下って行った。25分で駒鳥小屋に達し小休憩の後、一旦地獄谷に下りてから暫く本流に沿って堆く積もった雪の上を遡って行った。谷は真っ直ぐに大山東壁に向けて延びているが、直ぐに振子沢が右手から下ってくるので、本流を離れてその沢に向けて舵を切った。

 

 

〈鳥越峠に到着〉

〈鳥越峠から地獄谷方面を俯瞰する〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈鳥越峠から駒鳥小屋に向けての下り始め〉

 

 

 

 

〈振袖山を見ながら暫し雪原を巻いて行く〉

〈駒鳥小屋に向け急降下する〉

 

 

 

〈駒鳥小屋〉

〈一旦地獄谷に下り、振子沢への入口を目指す〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈本谷の奥の大山東壁方面を見上げる〉

 

 

 

14:57 振子沢入口

  振子沢は駒鳥小屋の直ぐ上流部で地獄谷本流から分れ、袖振山と振子山の西壁に沿って複雑に曲折しながら北上して、天狗ヶ峰に近い振子沢の頭直下で大山縦走路に達する長大な沢である。今回はこの沢ルートをバリエーションルートとして登り、2日目にはその沢で雪上トレーニングを行う予定での山行であった。予定時間より1時間程遅れ気味であったが、雪融けが進む中でまだたっぷりの雪が残っている複雑な沢筋を注意深く登って行った。とは言え沢のあちこちに落石や雪崩れの痕跡が多く、それらを見るととても生きた心地がしなかった。我々が登る時間帯には落石や雪崩れの兆候が一つもなかったのはラッキーであったのだろう。この長大な沢を途中何回かの休憩を交えて2時間程で登り切った。最終盤の振子沢の頭直下の登りは特に長く厳しく感じられた。

 

 

〈振子沢入口〉

〈こんな大きな落石に早速遭遇する〉

 

 

 

〈雪崩れのデブリの欠片の散乱する沢を登り行く〉

〈振子山と振袖山の鞍部に向けて斜度を増す沢筋〉

 

 

 

〈複雑に曲折する沢筋を登る〉

〈沢の右岸の雪が崩落した跡〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈沢は振子山の西側に回り込む〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ここでは右手の振子山の斜面も崩落しているようだ〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈今にも崩れ落ちそうな振子山の岩塔〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈大崩落跡や落石の中を怖々と登って行く〉

 

 

 

 

〈右岸の壁の大崩落跡〉

〈崩落の続く振子山西面の壁〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈登って来た沢の先に烏ヶ山が屹立する〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈振子沢の源頭部が見えてきた〉

 

 

 

 

〈源頭の振子沢の頭に向けて登り行く〉

〈振り返ると振子山が整然として構える〉

 

 

17:08〜17:17 振子沢の頭

  振子沢の遡行の末に達した所は大山縦走路上の振子沢の頭と呼ばれるピークの直ぐ下手であった。この日の宿のユートピア小屋まで程ない地点であった。尾根上の縦走路に雪はなかったので、小休止の間にアイゼンを外した。夕刻になって風が俄かに冷たくなる中を、小屋に向けて下って行った。尾根筋から見る大眺望は曇り始めた天気の中でもまだ壮大であった。 

 

 

〈振子沢源頭の最後の上り〉

〈尾根上に出て振子沢を振り返る〉

 

 

 

〈一番奥のピークが振子沢の頭〉

〈尾根筋から象ヶ鼻、振子山、矢筈ヶ山、甲ヶ山を望む〉

 

 

 

〈三鈷峰に続く尾根筋には雪は残っていなかった!〉

〈振子沢越しに烏ヶ山を望む〉

 

 

17:37 ユートピア小屋

  午後5時半過ぎにユートピア小屋に入った。予定よりやはり1時間遅れであった。兵庫県から来られた男性2人組の先客がおられ、この夜の宿泊者は8名で、かろうじて全員が床に身体を伸ばせて眠れるところとなった。夜の帳が降りる頃から天気は急変して小屋の外では強風が吹き荒れるようになったが、まだ雨にはならず外に出てみると米子の街の夜景がきれいに見えた。暖かくて美味しい皿うどんの夕食を摂りながらアルコール類をも楽しみ、午後9時前には全員寝袋に中に入った。外の強風は益々強くなり、夜半からはそれに雨が加わって、それらが気になっていつ寝付いたのか、あるいは寝入ることが出来たのか否か分らないような夜を過ごした。

 

 

〈ユートピア小屋と三鈷峰〉

〈弓ヶ浜、美保関方面の眺望が広がる〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈大山北壁〉

 

 

 

 

〈小屋の中で夕食の準備〉

〈外は風は強いが、米子の夜景がきれいに見えた〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈4月18日(土)の軌跡〉

 

 

 

【第2日(4月19日(日)】

 

《山行記録》

ユートピア小屋5:37・・・・6:04上宝珠越・・・・6:40中宝珠越・・・・7:04下宝珠越7:08・・・・7:37大神山神社7:47・・・・8:09大山情報館

〔総所要時間:2時間32分、休憩等:0時間14分、正味所要時間:2時間18分、歩行距離:44q、累積標高差:+108m-867m〕

 

 5:37 ユートピア小屋

   早立ちの同宿者の気配に午前3時半頃に起床し、ゆっくりと朝食を摂り、明るくなるのを待ちながら荷造りをして午前5時半過ぎにユートピア小屋を後にした。嵐の夜が明け、強風は収まったが雨はまだ降り続いていた。小屋の温度計は10℃を指していた。こんな日は落石や雪崩れの危険が極めて高いので、予定していた振子沢の下降とそこでの雪上トレーニングを取り止めて、安全な宝珠尾根ルートで大山寺の街へと下ることとした。上宝珠越までのユートピア北面のトラバースでは次から次と雪渓を横切ることとなったが、雪面にはっきりとしたトレースもあったので何とか壺足で乗り切ることが出来た。宝珠尾根に乗ると、左右両側の谷間から落石の乾いた音が木霊のように聞こえてきて不気味であった。雪渓を滑り落ちる大きな岩を見ることもあった。中宝珠越を過ぎると綺麗なブナ林の中を下る尾根道となって人心地付けた感じであった。

 

 

〈強い風雨の夜が明けて、ガスと雨の中を下山開始〉

〈沢は落石や雪崩れ危険があるため宝珠尾根を下る〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈三鈷峰はガスの中〉

 

 

                   〈雨の宝珠尾根〉

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ブナの樹林越しに見る大山北壁もガスの中〉

 

 

 

:04〜7:08  下宝珠越

  下宝珠越で小休止してから尾根を離れて二俣へと下るガレ場の沢を下った。下るに従って残雪が少なくなって行って、大神山神社まで下るともうすっかりと雪は消えていた。大神山神社で暫し休憩のあと、石畳の参道を下って大山寺の街へと下った。

 

 

〈下宝珠越で小休止〉

〈下宝珠越からのガレ場を下る〉

 

 

 

〈大神山神社で暫し休憩〉

〈石畳の参道を大山寺の街へと急ぐ〉

 

 

8:09 大山情報館

  朝の大山寺の街の通りには人っ子一人姿がなかった。それでも大山情報館に行ってみるとご案内所は午前8時から開いており、きれいなテーブル席のある中で人心地付けた。ここでタクシーを手配して、文殊堂に残していた車を回収してから広島への帰路に就いた。

 

 

 

 

 

 

 

〈4月19日(日)の軌跡〉

 

 

 

〔山行所感〕

  2日目が雨となって予定していた雪上トレーニングが何も出来なかったのは心残りではあったが、天気や参加者の安全を考えると仕方のないことであった。結果として、振子沢のボッカ遡行の山行となったが、それはそれで良い山旅であったと思う。文殊谷で沢を間違ったのは大いに反省せねばならないが、長大な振子沢の遡行は興味深く驚きに満ちたものであった。著しい落石や雪崩れ痕はこの地の厳しさを現すと共に登山者に対する警告でもあると思った。ともあれ全員無事で下山出来て良かった。

 

 

 

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